この原詩は、メアリーがアメリカ亡命していたドイツ系ユダヤ人親友マーガレット・シュワルツコフに送ったものだそうだという話をしました。
親友マーガレット・シュワルツコフは、病弱の母の亡命は不可能で、ドイツに残さざるを得なかったらしいです。
さて、千風になって歌詞の著作権はどうなっているのでしょうか。
この詩になんら著作権が設定されていないというのが真実のようです。
メアリーは、千風になって歌詞の著作権を、自らの明確な意思で設定しなかったそうです。
詩が人々の共有財産で、皆のものであるという認識で、この詩は、愛や安らぎについて書いたものであり、もし自分がお金を受け取ったりしたら、意味が無くなるというのがメアリーが千風になって歌詞の著作権を設定しなかった理由だそうです。
そんなことも千風になって歌詞が多くの人たちに愛されている要因のひとつになっているのかも知れません。
英語の原作
『千の風になって(a thousand winds)』はながらく作者不詳(
Author Unknown)とされていました。
戦争記念日、慰霊祭では、必ずといってよいほどこの詩が登場し、遺族の心を慰めてきました。
あまりに有名な詩にもかかわらず、原作者については、つい最近までほとんど知られることがなかったようです。
今では1932年にメアリー・フライ(Mary Frye)というアメリカ人女性が作詩したものという説がほぼ定説化したそうです。
大元の原詩とされたメアリーの『千の風になって(Do not stand at my grave and weep)』の英語の原詩は以下のとおりです。
従来の作者不詳の原詩とはかなり異なるもののようです。
Do not stand at my greave and weep Words by Mary Frye
Do not stand at my grave and weep
I am not there, I do not sleep
I am in a thousand winds that blow
I am the softly falling snow
I am the gentle showers of rain
I am the fields of ripening grain
I am in the morning hush
I am in the graceful rush
Of beautiful birds in circling flight
I am the starshine of the night
I am in the flowers that bloom
I am in a quiet room
I am in the birds that sing
I am in the each lovely thing
Do not stand at my grave and cry
I am not there I do not die
上記原詩の日本語訳
千の風になって
私のお墓の前で泣かないで
私はそこにいません 私は眠っていないのです
私は千の風になって吹き渡ってゆきます
私は柔らかく舞い飛ぶ雪です
私は優しく降り注ぐ雨です
私は野に実る穂です
私は朝の静寂の中にいます
私はやさしくたなびく灯心草(:藺(い)草の異名)とともにいます
空を飛び回る美しい鳥たちとともに
私は夜空の星々とともにいます
私は咲き誇る花たちとともにいます
私は静かな部屋の中にいます
私は歌う鳥たちとともにいます
私はそれぞれの美しいものとともにいるのです
私のお墓の前でなかないで
私はそこにいません 私は死滅したわけではないのです
この原詩は、メアリーが親友マーガレット・シュワルツコフに送ったものだそうです。
親友マーガレット・シュワルツコフは、ドイツ系ユダヤ人でした。
当時ドイツはヒットラー政権下で、マーガレットは弾圧を逃れ、アメリカに亡命していたようです。
病弱の母の亡命は不可能でドイツに残さざるを得なかったらしいです。
彼女はいつも母の事を心配していましたが、ある時、母が亡くなったことを知ったのです。
マーガレットは「私は母のお墓の前に立ってさよならを告げる事も出来なかったのが一番悲しい」と、ただただ泣くばかりで遂に神経衰弱を患ってしまったらしいです。
そんな親友マーガレットを慰めるため、メアリーが作った詩、それが『千の風になって(Do not stand at my grave and weep)』なのだそうです。
Author Unknown)とされていました。
戦争記念日、慰霊祭では、必ずといってよいほどこの詩が登場し、遺族の心を慰めてきました。
あまりに有名な詩にもかかわらず、原作者については、つい最近までほとんど知られることがなかったようです。
今では1932年にメアリー・フライ(Mary Frye)というアメリカ人女性が作詩したものという説がほぼ定説化したそうです。
大元の原詩とされたメアリーの『千の風になって(Do not stand at my grave and weep)』の英語の原詩は以下のとおりです。
従来の作者不詳の原詩とはかなり異なるもののようです。
Do not stand at my greave and weep Words by Mary Frye
Do not stand at my grave and weep
I am not there, I do not sleep
I am in a thousand winds that blow
I am the softly falling snow
I am the gentle showers of rain
I am the fields of ripening grain
I am in the morning hush
I am in the graceful rush
Of beautiful birds in circling flight
I am the starshine of the night
I am in the flowers that bloom
I am in a quiet room
I am in the birds that sing
I am in the each lovely thing
Do not stand at my grave and cry
I am not there I do not die
上記原詩の日本語訳
千の風になって
私のお墓の前で泣かないで
私はそこにいません 私は眠っていないのです
私は千の風になって吹き渡ってゆきます
私は柔らかく舞い飛ぶ雪です
私は優しく降り注ぐ雨です
私は野に実る穂です
私は朝の静寂の中にいます
私はやさしくたなびく灯心草(:藺(い)草の異名)とともにいます
空を飛び回る美しい鳥たちとともに
私は夜空の星々とともにいます
私は咲き誇る花たちとともにいます
私は静かな部屋の中にいます
私は歌う鳥たちとともにいます
私はそれぞれの美しいものとともにいるのです
私のお墓の前でなかないで
私はそこにいません 私は死滅したわけではないのです
この原詩は、メアリーが親友マーガレット・シュワルツコフに送ったものだそうです。
親友マーガレット・シュワルツコフは、ドイツ系ユダヤ人でした。
当時ドイツはヒットラー政権下で、マーガレットは弾圧を逃れ、アメリカに亡命していたようです。
病弱の母の亡命は不可能でドイツに残さざるを得なかったらしいです。
彼女はいつも母の事を心配していましたが、ある時、母が亡くなったことを知ったのです。
マーガレットは「私は母のお墓の前に立ってさよならを告げる事も出来なかったのが一番悲しい」と、ただただ泣くばかりで遂に神経衰弱を患ってしまったらしいです。
そんな親友マーガレットを慰めるため、メアリーが作った詩、それが『千の風になって(Do not stand at my grave and weep)』なのだそうです。
秋川雅史
秋川 雅史(あきかわ まさふみ、1967年10月11日生 )は、日本の声楽家です。
テノール歌手、愛媛県西条市出身、血液型はA型。
4歳よりヴァイオリン、ピアノを始める。
西条市立西条南中学校3年生の時に父の指導のもと声楽家を目指す。
愛媛県立小松高等学校を経て国立音楽大学卒業、同大学大学院修了。
その後4年間、イタリアのパルマで修行。
帰国後、ベートーヴェン作曲の交響曲第9番(合唱付き)のソロなど、数々のコンサートに出演。
1998年にカンツォーネコンクール第1位、日本クラシック音楽コンクール声楽部門最高位をそれぞれ受賞した有能な若手テノールです。
クラシック系テノール歌手のヒットチャートNO.1はとても話題になりました。
もっとも戦前までは歌謡界もクラシック系の歌手が主流でした。
たとえば、東海林太郎や藤山一郎なども元々クラシックを歌っていた時期もあったようです。
他にも藤原義江、田谷力三なども日本歌曲の普及に大いに貢献した人々です。
千の風になって
私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を吹きわたっています
…
千の風に
千の風になって
あの大きな空を吹きわたっています
あの大きな空を吹きわたっています
残されたものへの愛に溢れた言葉が、のびやかな秋川の声と重なり、最高に優しく素晴らしい旋律となり心に響きます。
はじめて聴いたとき、なぜか涙が止まりませんでした。
そして無性に、家族がとても愛しく思えてきました。
テノール歌手、愛媛県西条市出身、血液型はA型。
4歳よりヴァイオリン、ピアノを始める。
西条市立西条南中学校3年生の時に父の指導のもと声楽家を目指す。
愛媛県立小松高等学校を経て国立音楽大学卒業、同大学大学院修了。
その後4年間、イタリアのパルマで修行。
帰国後、ベートーヴェン作曲の交響曲第9番(合唱付き)のソロなど、数々のコンサートに出演。
1998年にカンツォーネコンクール第1位、日本クラシック音楽コンクール声楽部門最高位をそれぞれ受賞した有能な若手テノールです。
クラシック系テノール歌手のヒットチャートNO.1はとても話題になりました。
もっとも戦前までは歌謡界もクラシック系の歌手が主流でした。
たとえば、東海林太郎や藤山一郎なども元々クラシックを歌っていた時期もあったようです。
他にも藤原義江、田谷力三なども日本歌曲の普及に大いに貢献した人々です。
千の風になって
私のお墓の前で 泣かないでください
そこに私はいません 眠ってなんかいません
千の風に
千の風になって
あの大きな空を吹きわたっています
…
千の風に
千の風になって
あの大きな空を吹きわたっています
あの大きな空を吹きわたっています
残されたものへの愛に溢れた言葉が、のびやかな秋川の声と重なり、最高に優しく素晴らしい旋律となり心に響きます。
はじめて聴いたとき、なぜか涙が止まりませんでした。
そして無性に、家族がとても愛しく思えてきました。
千の風になって
テノール歌手・秋川雅史の「千の風になって」が、オリコンのシングル・チャートの1位になり、大ヒットしました。
亡くなった人の魂について歌う「千の風になって」は、作者不詳の英語の「a thousand winds」に、作家の新井満さんがほれこんで、日本語に訳し作詞・作曲したものです。
原詩は、9.11米国同時多発テロで、父親を亡くした11歳の少女が、一周忌に朗読して有名になったものです。
原詩は、IRA(アイルランド共和軍)のテロで命を落とした24歳の青年が、“私が死んだときに開封してください”と両親に託した手紙の中に入っていたものとのことだそうです。
それを朝日新聞『天声人語』が紹介し、大反響となりました。
この“死と再生の詩”作者不明の英語詩を、芥川作家・新井満が日本語詩にしたのです。
歌のほうは、いろんな歌手が歌っていますが、ゆったりとしてスケールの大きな曲で人の心をとらえて離しません。
ところで、リリースされた秋川のCDが、一気に一位まで上り詰めたのは、年末のNHK「紅白歌合戦」で秋川が歌った効果といわれています。
いろんなブログやアマゾンのカスタマーレビューなどを読んでも、「紅白で聞いて感動した」といった感想が多いようです。
秋川雅史「千の風になって」クラシック系で史上初のオリコン首位!は、まさに紅白効果で加速したのかもしれません。
秋川雅史にとって首位獲得は01年のデビュー以来初でした。
亡くなった人の魂について歌う「千の風になって」は、作者不詳の英語の「a thousand winds」に、作家の新井満さんがほれこんで、日本語に訳し作詞・作曲したものです。
原詩は、9.11米国同時多発テロで、父親を亡くした11歳の少女が、一周忌に朗読して有名になったものです。
原詩は、IRA(アイルランド共和軍)のテロで命を落とした24歳の青年が、“私が死んだときに開封してください”と両親に託した手紙の中に入っていたものとのことだそうです。
それを朝日新聞『天声人語』が紹介し、大反響となりました。
この“死と再生の詩”作者不明の英語詩を、芥川作家・新井満が日本語詩にしたのです。
歌のほうは、いろんな歌手が歌っていますが、ゆったりとしてスケールの大きな曲で人の心をとらえて離しません。
ところで、リリースされた秋川のCDが、一気に一位まで上り詰めたのは、年末のNHK「紅白歌合戦」で秋川が歌った効果といわれています。
いろんなブログやアマゾンのカスタマーレビューなどを読んでも、「紅白で聞いて感動した」といった感想が多いようです。
秋川雅史「千の風になって」クラシック系で史上初のオリコン首位!は、まさに紅白効果で加速したのかもしれません。
秋川雅史にとって首位獲得は01年のデビュー以来初でした。
千風になって歌詞
「千の風になって」 の大元原詩は、アメリカの無名女性 ”Mary Frye” さんが書いた詩だそうです。
この詩はずっと知られていなかったのですが、アメリカ 「911テロ」 の追悼式で、亡くなった人々を悼むため、この詩が朗読された、それで一気に広がりました。
日本では、作家の新井満氏がこの詩をもとにした作者不詳の原詩を和訳、それを作曲し、若手テノール歌手の秋川雅史が歌って大ヒットとなりました。
NHKの紅白と今年神戸大震災の追悼式に歌われ、じわじわと大ヒットになりました。
切なく優美な弦律で、命の尊さを重く感じられ、大切な人を亡くした悲しみを優しく癒してくれる曲です。
日本人の死生観にとてもあっているのかもしれませんね。
秋川の歌声が、曲に新鮮な命を吹き込んで、静かに広がり定着した感があります。
この詩はずっと知られていなかったのですが、アメリカ 「911テロ」 の追悼式で、亡くなった人々を悼むため、この詩が朗読された、それで一気に広がりました。
日本では、作家の新井満氏がこの詩をもとにした作者不詳の原詩を和訳、それを作曲し、若手テノール歌手の秋川雅史が歌って大ヒットとなりました。
NHKの紅白と今年神戸大震災の追悼式に歌われ、じわじわと大ヒットになりました。
切なく優美な弦律で、命の尊さを重く感じられ、大切な人を亡くした悲しみを優しく癒してくれる曲です。
日本人の死生観にとてもあっているのかもしれませんね。
秋川の歌声が、曲に新鮮な命を吹き込んで、静かに広がり定着した感があります。